父母の家にはこの他にもほうぼうに段差があるので、それらに次々と対応していくうちに、家中が手摺だらけになり、オリジナル・デザインの雰囲気はかなり損なわれた。しかし私はそのことを別に残念とは思っていない。住まいというものは美術品ではないのだから、時に耐えつつ変貌していくのはいたしかたないことだ。しかし、一方、この経験によって段差の多い家を設計したことを反省しているか、というと、そんなことはなく、元気だった頃の父は床のレベル差から生み出される空間の変化と雰囲気を十分に楽しんだのだから、それでいいのではないかと思っている。
[参考]
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高齢者社会の兆しが濃厚になってから「お年寄りの住まいには段差はいけない」という類の情報が新聞・雑誌にしばしば載るようになった。しかし、その情報過多に釣られて、身体壮健な年頃の人が、老いに備えて初めから段差のない家をつくるというような選択をするとしたら、なにか虚しい。二年前に他界した父は、かなり口うるさい人間だったが、床の段差については、自分の身体が利かなくなったことを嘆きこそすれ、私に文句を言ったことはなかった。